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大村の先覚者たち

天正遺欧少年使節団(てんしょうけんおうしょうねんしせつだん)

天正10年(1582)、日本から初めてヨーロッパへ行く親善使節が長崎港を出帆した。

使節に選ばれたのは、正使として伊東マンショ、千々石ミゲル、副使として原マルチノ、中浦ジュリアンの4人の少年だった。

彼らが持ち帰った知識や品物は、日本の文化に多くの影響を与えた。

深沢義太夫(ふかざわ ぎだゆう)

天正11年(1583)生まれ。捕鯨の先駆者であり、大村の忘れてはいけない恩人であり、偉人である。最大の実績は野岳堤の造成。

千葉卜枕(ちば ぼくちん)

生没年不詳。

工夫と苦心の末に、今日の大村市民の生産の場と豊かな生活につながる基礎を創った。

長崎街道の整備にも関わる。

長与専斎(ながよ せんさい)

天保9年(1838)生まれ。大阪の適塾や長崎の医学伝習所で医学を学び、明治に入り長崎医学校の学頭に就任。その後遣欧視察団に参加。帰国後、内務省衛生局長となり、近代医学の普及に努めた。

楠本正隆(くすのき まさたか)

天保9年(1838)生まれ。幕末の大村藩士。維新後長崎の政府役人、外務省勤務を経て新潟県令に。県令時代、民意をくんだ県政に実績を残し、第四国立銀行を設立。その後東京府知事や衆議院議長を歴任。男爵。

横山寅一郎(よこやま とらいちろう)

万延元年(1860)生まれ。第2代〜第4代までの長崎市長を務め、長崎港の改良をはじめ多くの事業を成し遂げる。地元大村のためにも教育その他多くの重要な問題について力を注いだ。

石井筆子(いしい ふでこ)

女性の人権確立を目指し、大日本婦人教育会の設立に人力。アメリカで開設された万国婦人大会にはかつて華族女学校(後の学習院女子部)のフランス語教師時代に同僚だった津田梅子(津田塾大の創始者)とともに、日本代表として出席しました。帰国後、日本最初の知的障害児教育施設である滝乃川学園の創始者・石井亮一と結婚し、障害児教育に生涯を捧げた。
長岡半太郎(ながおか はんたろう)

慶応元年(1865)生まれ。東京帝国が医学理学部、大学院を経てドイツへ留学。磁気学、地球物理学、原始構造論などで世界的な功績を挙げ、最初の文化勲章を受章した。大阪大学初代総長。

朝長三十郎(ともながさんじゅうろう)

明治4年(1871)生まれ。京都大学の哲学史の教授となり、哲学の京都学派として時代を席巻していた時期、その哲学史を代表した人物。

荒木十畝(あらき じっぽ)

明治5年(1872)生まれ。日本画家。近代の日本画檀を率いた人物として横山大観らと並び称される。日本画会幹事。
   

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