| 旧円融寺庭園《国指定名勝》 玖島2丁目 裁判所前バス停 下車5分 |
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承応元年(1652)、大村氏22代 純長(すみなが)により創建された、天台宗の寺跡です。
江戸時代に造られた庭園の中でも、傑出しており、規模も雄大であり、貴重な文化遺産です。
《円融寺創建の経緯》
21代大村純信の養子となった純長は、幕府の正式な許可がないうちに純信が亡くなったため、22代目を相続する際に、問題が起こった。
しかし、当時の将軍家光の裁可により相続が許された。
この恩義に報いる為に特に願い出て徳川家の位牌を祭り、円融寺が建てられた。
また、創建に当たっては、捕鯨業で資産家となった深沢義太夫の寄進を受けた。
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明治元年に廃寺となり、現在は護国神社となっています。
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▲山の傾斜を利用して、これを築山風
に見立てた様式である。
高さ8m・幅50mの斜面には約400個も
の自然石を使い、三尊方式の石組を
基本とした立石が配置してある。
▲鳥居をくぐると左右に二つの池があり

▲石段をあがると正面に故山水の石庭が広がっています。
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| 五教館御成門《県指定史跡》 玖島1丁目 公園入り口バス停 下車2分 |
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五教館(ごこうかん)の御成門(おなりもん)とは、歴代の藩主が来校されるときに使用された門で、五教館に附属していた建物の中で、唯一残されている遺構です。
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五教館は、藩士の子弟に限らず一般の子弟にも門が解放されていました。文武両道の殿堂として、江戸初期より明治に至るまで、藩校としての使命を果たし、各界に多くの有名人を輩出しました。
明治5年8月の学制発布により、翌年館の一部を校舎として玖島小学校が創立されました。ここに藩校としての203年の歴史を終えました。
御成門は、通称”黒門”と呼ばれています。
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五教館とは・・・
大村藩の藩校「集義館」として、寛文10年(1670)に玖島城内桜田に建てられ、寛政2年(1790)27代純鎮(すみやす)がその規模を大きくし、「五教館」と名付けた。
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| 裏見の滝(御手水の滝) 重井田町 大切間バス停 下車30分 |
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落差30メートルを誇る滝。
野岳湖から流れる水は、拂川(はらいがわ)に注ぎ、やがて郡川(こおりがわ)に合流します。この拂川の途中にある滝です。
入り口には鳥居があり、険しい坂道を下れば谷底に行き着きます。
谷は深く、左右は木々が覆い被さり、正面に断崖絶壁が立ちふさがっています。高さ約30m 横幅は約70mもある大岩です。
崖下には道があり、通行して滝を裏から見ることができます。そのため通称「裏見の滝」と呼ばれるのです。
また、崖下の横には石段があり、登ると観音堂があります。
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▲裏見の滝自然花苑と呼ばれ、
裏見の滝まで下る山道には、
「シャクナゲ」の花が咲き誇ります。
日本原産の『ツクシシャクナゲ』をはじめとする
世界各国45種類約5,300本のシャクナゲを楽しむことができます。
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H19年度 しゃくなげ祭り開催中(4/15〜5/5まで)

色とりどりのしゃくなげが、滝つぼに降りるまで楽しませてくれました。

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| 野岳湖 東野岳町 バス 野岳湖終点 |
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江戸時代に、捕鯨で財をなした深澤儀太夫が私財を投じて築いた人造湖。周囲約4q、容量140万トンといわれ、主に灌漑用の湖として田畑約1万アールをうるおしています。
キャンプや釣り、ボート遊びなどを、四季折々の自然の中で楽しむことができます。
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