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大村市の観光地

玖島城(大村城)跡     玖島1丁目 公園入り口バス停 下車5分
大村城

 大村氏19代喜前(よしあき)が、文禄・慶長の役から帰った後、1598年〜1599年(慶長3年〜4年)に築城しました。

城は大村湾に突き出した半島に築城されました。

城の基本構造は、本丸・二の郭・三の郭から成り本丸に天守閣はなく館造りの建物でした。

設計は朝鮮の役で親交を結んだ肥後の”加藤清正”に指導を受けたと伝えられています。

これ以後大村の地で戦はなく、明治維新に至るまで藩主の住居、及び二万七千石の藩政治の中心としての役割を果たしました。

    

 

 

現在は大村公園となっており、天然記念物のオオムラザクラや菖蒲など季節折々の花が咲いています。また、本丸跡は大村神社となっていて、石垣が現存し、板敷櫓が再建されています。

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旧円融寺庭園《国指定名勝》    玖島2丁目 裁判所前バス停 下車5分

 承応元年(1652)、大村氏22代 純長(すみなが)により創建された、天台宗の寺跡です。

江戸時代に造られた庭園の中でも、傑出しており、規模も雄大であり、貴重な文化遺産です。

《円融寺創建の経緯》

 21代大村純信の養子となった純長は、幕府の正式な許可がないうちに純信が亡くなったため、22代目を相続する際に、問題が起こった。
 しかし、当時の将軍家光の裁可により相続が許された。
この恩義に報いる為に特に願い出て徳川家の位牌を祭り、円融寺が建てられた。

また、創建に当たっては、捕鯨業で資産家となった深沢義太夫の寄進を受けた。

  

  

     明治元年に廃寺となり、現在は護国神社となっています。

                    

 

山の傾斜を利用して、これを築山風

に見立てた様式である。

高さ8m・幅50mの斜面には約400個も

の自然石を使い、三尊方式の石組を

基本とした立石が配置してある。

      

鳥居をくぐると左右に二つの池があり

  

石段をあがると正面に故山水の石庭が広がっています。

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五教館御成門《県指定史跡》    玖島1丁目 公園入り口バス停 下車2分
五教館(ごこうかん)の御成門(おなりもん)とは、歴代の藩主が来校されるときに使用された門で、五教館に附属していた建物の中で、唯一残されている遺構です。

五教館は、藩士の子弟に限らず一般の子弟にも門が解放されていました。文武両道の殿堂として、江戸初期より明治に至るまで、藩校としての使命を果たし、各界に多くの有名人を輩出しました。

明治5年8月の学制発布により、翌年館の一部を校舎として玖島小学校が創立されました。ここに藩校としての203年の歴史を終えました。

御成門は、通称”黒門”と呼ばれています。

五教館とは・・・

大村藩の藩校「集義館」として、寛文10年(1670)に玖島城内桜田に建てられ、寛政2年(1790)27代純鎮(すみやす)がその規模を大きくし、「五教館」と名付けた。

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裏見の滝(御手水の滝)     重井田町 大切間バス停 下車30分

落差30メートルを誇る滝。

野岳湖から流れる水は、拂川(はらいがわ)に注ぎ、やがて郡川(こおりがわ)に合流します。この拂川の途中にある滝です。

入り口には鳥居があり、険しい坂道を下れば谷底に行き着きます。

            

谷は深く、左右は木々が覆い被さり、正面に断崖絶壁が立ちふさがっています。高さ約30m 横幅は約70mもある大岩です。

 

崖下には道があり、通行して滝を裏から見ることができます。そのため通称「裏見の滝」と呼ばれるのです。

 

また、崖下の横には石段があり、登ると観音堂があります。

    

▲裏見の滝自然花苑と呼ばれ、

裏見の滝まで下る山道には、

「シャクナゲ」の花が咲き誇ります。

日本原産の『ツクシシャクナゲ』をはじめとする 世界各国45種類約5,300本のシャクナゲを楽しむことができます。

 

 

H19年度 しゃくなげ祭り開催中(4/15〜5/5まで)

 

  色とりどりのしゃくなげが、滝つぼに降りるまで楽しませてくれました。

                      

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野岳湖                  東野岳町 バス 野岳湖終点
野岳湖公園

 江戸時代に、捕鯨で財をなした深澤儀太夫が私財を投じて築いた人造湖。周囲約4q、容量140万トンといわれ、主に灌漑用の湖として田畑約1万アールをうるおしています。


キャンプや釣り、ボート遊びなどを、四季折々の自然の中で楽しむことができます。

 

野岳湖公園
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昊天宮             宮小路2丁目 宮小路バス停 下車1分

  彼杵郡最古の神社であり、彼杵゙郡全体の総産土神(そううぶすながみ)であったと思われます。

 天正2年(1574年)のキリシタン社寺焼き討ち事件により焼失しましたが、ご神体はその隣にあった極楽寺住職 阿金により事前に運び出され、難を逃れました。

 焼失後、境内は荒れ放題でしたが、キリスト教が禁止に向かう慶長年間(1596年〜1615年)に現在の地に再興されました。

   

昊天神社の社叢

平野には珍しく、ムク・クロガネモチ・エノキなどの古い木がたくさんあります。

これらの木々がおごそかで、重々しい景観を作り出しています。

市の天然記念物に指定されています。

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琴平スカイパーク
琴平スカイパーク
標高320mの高台から、大村市街や大村湾はもちろん、
雲仙や西海橋まで一望できます。
公園内には、99.9メートルのローラースライダーや999段の桜の並木道、草そり場などがあり、市民の憩いの場となっています。

 
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