| 西暦 | 和暦 | 満年齢 | ||
| 1865年 | 慶応元年 | 大村玖島郷 渡辺家の長女として生まれる | ||
| 1869年 | 明治2年 | 8歳 | 父 清が新政府の官吏となり上京 筆子は、明治5年に祖父母と叔母に伴われ上京する。 |
◎渡辺清 筆子の父。 弟 昇とともに大村藩の 倒幕派として動く。 西郷隆盛と勝海舟の『江 戸無血開場の会談』に臨 席する。 |
| 1873年 | 明治6年 | 12歳 | 官立の女学校(東京女学校)に入学 | |
| 1874年 | 明治7年 | 13歳 | 父 清が福岡県令として赴任 | |
| 1880年 | 明治13年 | 19歳 | ヨーロッパ留学(オランダ特命全権公使の従者としてフランス・オランダへ行く) | |
| 1881年 | 明治14年 | 20歳 | 母 ゲン死去 父 清は福岡県令から元老院議官となり上京 |
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| 1882年 | 明治15年 | 21歳 | ヨーロッパより帰国 | |
| 1884年 | 明治17年 | 23歳 | 小鹿島 果氏と結婚 | ◎小鹿島 果 (おがしま はたす) 大村藩の名家 小鹿島右 衛門の長男。 幼時から神童といわれ、 慶應義塾、大学南校、工 部大学校(後の東大工学 部)を経て、工部省鉱山 局に勤務した優秀な官吏 親の薦めで結婚する。 |
| 1885年 | 明治18年 | 24歳 | 華族女学校のフランス語嘱託教師となる | ◎華族女学校 明治18年、四谷に開校し た華族の女子を対象とし た女子学校。明治18年〜 明治32年までの14年間 勤める。その中で筆子は 、九条節子(後の貞明皇 后)にフランス語を教えて いる。 |
| 1886年 | 明治19年 | 25歳 | 長女 幸子誕生 (幸子と共に洗礼を受け、キリスト教信者となる。) |
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| 1888年 | 明治21年 | 27歳 | 同士(津田梅子ら)と、大日本婦人教育会を設立 | ◎大日本婦人教育会 津田梅子(津田塾大学創 始者)らと、男女の同権の 問題、女子教育、女性の 自立を目指して設立した。 |
| 1890年 | 明治23年 | 29歳 | 次女 恵子 誕生するも幼くして死亡(10ヶ月) | |
| 1891年 | 明治24年 | 30歳 | 三女 康子誕生 | |
| 1892年 | 明治25年 | 31歳 | 夫 果肺結核のため死去(35歳) 婦人教育会附属女紅学校開校 |
◎女紅学校 無月謝で、4年制小学校を 出た(10歳くらい) 女子を対 象に手に職をつけさせ自立さ せるための学校。 |
| 1893年 | 明治26年 | 32歳 | 当時経営が傾きかけていた静修女学校の校長となる | |
| 1895年 | 明治28年 | 33歳 | 孤女学院の特別資金募集の発起人となる この頃、孤女学院へ子供を預ける |
◎孤女学院 立教女学校の教頭であっ た石井亮一が、濃尾大地 震による孤女児(約50名) を引き取り、教育と養護 の学校を設立した。 明治30年に名称を「滝乃 川学園」とし、知的障害児 教育を始める。 |
| 1898年 | 明治31年 | 37歳 | 三女 康子死去(7歳) | |
| 1899年 | 明治32年 | 38歳 | 華族女学校を退職 ↓豊富な女子教育の経験を活かし、滝乃川学園(元 孤女学院)を支援する |
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| 1903年 | 明治36年 | 42歳 | 石井亮一氏と結婚 ↓女子の社会的自立を目指す職業教育、知的障害者の保護・教育・自立に 献身的に従事する。
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◎石井亮一 肥前国佐賀生まれ。前藩 医 大須賀家の養子となり 、立教女学校の教頭を務 める。日本初の知的障害 者施設「滝乃川学園」の 創設者。 |
| 1916年 | 大正5年 | 55歳 | 長女 幸子死去(30歳) | |
| 1920年 | 大正9年 | 59歳 | 園児の失火で、学園は大火となり、園児6名焼死。 学園閉鎖を決意するも、皇后陛下の励ましで再建する。 |
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| 1932年 | 昭和7年 | 71歳 | 脳溢血で倒れ、半身不随となる。 ↓その後も教育を続ける。 |
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| 1937年 | 昭和12年 | 76歳 | 夫 亮一死去(70歳) ↓筆子 第二代学園長に就任。経営と教育の両方を担っていく。 |
※時代は戦争色が濃くなり 、物資は配給となった。 戦争が進むにつれ、戦争に 役に立たない児童と施設と いうことで、配給は切り捨て られ、疎開も許されない状 況となってくる。 |
| 1944年 | 昭和19年 | 82歳 | 施設の一室で、数人の職員と園生に見守られながら、筆子永眠。 |
その後、亮一・筆子の意志を継ぎ、学園は戦争を乗り切り維持される。 そして、現在の社会福祉法人「滝乃川学園」として至っている。 現在、大村小学校の校門のすぐ横に銅像が建てられている。 |
※大村市・石井筆子顕彰事業実行委員会編集・発行図録「近代を拓いた女性−いばら路を知りてささげし石井筆子の生涯」所収の年譜をもとに作成